〜序章〜 なぜ今、私は再びアラスカへ向かうのか

私の海外クルーズの原点をたどると、そこには「アラスカ」があります。
初めて本格的な海外クルーズを体験した船は、Crystal Harmony(クリスタル・ハーモニー)。

長崎の三菱重工で建造され、1990年に就航した、当時を代表するラグジュアリー客船でした。
そして、その船で私が初めて目にしたアラスカ。
バンクーバーから北へ。
複雑に入り組んだインサイド・パッセージを進み、深い森、海へ落ち込む山々、氷河、そして小さな港町を訪ねていく――。
それまで私が抱いていた「海外旅行」とは、まったく違う世界がそこにありました。
あれから30年以上。
旅行会社を立ち上げ、クルーズを仕事にし、世界各地の海や川を旅してきました。
海外クルーズの乗船日数も、気がつけば1,000日を超えました。
それでも、アラスカには何度訪れても「まだ知らない何か」があります。
だから今回、私はもう一度、バンクーバーから北を目指します。

しかし今回は、単に「氷河を見に行く旅」ではありません。
なぜ、この海岸線には道路で結ばれていない町が多いのか。
なぜジュノーがアラスカ州の州都になったのか。
なぜスキャグウェイに、人口規模からは想像できないほど多くのクルーズ船がやって来るのか。
ゴールドラッシュは、この土地に何をもたらしたのか。
そのはるか以前から、この地で暮らしてきた先住民族の人々は、海や森、氷河とどのように向き合ってきたのか。
そして、いま目の前で後退していく氷河は、私たちに何を語りかけているのか。
「きれいだった」「大きかった」「すごかった」
それだけでアラスカを通り過ぎるのは、あまりにも惜しい。
歴史を知れば、港町の景色が変わります。
先住民族の文化を知れば、トーテムポールの見え方も変わります。

ゴールドラッシュを知れば、スキャグウェイの一本の鉄道にも物語が見えてきます。
そして地球環境について少し考えてから氷河の前に立てば、その巨大な氷の風景は、単なる絶景ではなくなるはずです。
今回乗船するのは、Holland America Line「Koningsdam(コーニングスダム)」

Holland America Lineとアラスカとの関係は深く、アラスカがアメリカ49番目の州になるより前、1947年からこの地への旅を続けてきました。
私が今回、数ある船会社の中からHolland America Lineを選んだ理由も、そこにあります。
長く航海してきたからこそ持つ土地との関係。
グレーシャーベイ国立公園では、パークレンジャーや先住民族の人々の話にも耳を傾けながら、大自然を「見る」だけではなく「知る」。
そんな旅がしたいのです。
そしてもう一つ。
30年以上前、Crystal Harmonyのデッキからアラスカを眺めた私は、まだクルーズを自分の生涯の仕事にするとは思っていませんでした。
それが今、還暦を迎え、再びバンクーバーから同じ北の海へ向かっています。
けれども、同じアラスカは二度とありません。
氷河も変わった。
港町も変わった。
クルーズ産業も大きく変わった。
そして何より、私自身が変わりました。

30年前には見えなかったものが、今なら見えるかもしれない。
だから今回の旅では、観光地を点として紹介するのではなく、海という一本の線でアラスカを読み解いてみたいと思います。
題して、「アラスカを読み解く・全10話ラストフロンティアを海から訪ねる旅」
クルーズ手配歴30年、乗船日数1,000日を超えた今だからこそお伝えできるアラスカがあります。
第2話からは、この「ラストフロンティア」を形づくってきた歴史、人々、自然、そして海を、一つずつ訪ねていきます。
さて…。
30年余りの時を経て、再びアラスカへ。
私のクルーズ人生の原点を訪ねる航海の始まりです。
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